体力

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PexelsAndrea Piacquadioによる写真

体力の話


この4連休の最初の3日間はキャンプに行っていた。
このブログで私の記事を読んでくれている人がいたら予想の通りバイクでの移動。大阪から諏訪までの中央道を移動。そこから富士五湖。復路は静岡に抜けて東名回りで大阪に戻ってきた。
総走行距離は1000kmいかないくらいだと思う。

これだけ走るとさすがに体力的に厳しいものもあり,特に復路は大阪着が夜中の1時を過ぎ,眠気や集中力との戦いとなった。

長距離走行をするにおいて私がいつも頭の中に入れていることは体力は精神力と同じだということだ。
体力的に厳しくなると集中力を維持できなくなる。より体力がなくなってくるともう脳みそはシャットダウン寸前となる。すなわち回りに意識を払えず,眠くて眠くて仕方がなくなる。

眠くて眠らないように意識のすべてを回すということは事故のリスクがものすごく高く,知らず知らずにゆっくりとしか走れなくなっているため効率も悪い。

例えば私が横浜~大阪までバイクでいくと走っているだけの時間は5時間ほどだ。だがいつも6~7時間ほどかけながら走っている。
これは道中1時間に一回は10~15分ほど休憩をとっていることに起因する。更にご飯を食べたりすると1時間ほど休憩することもある。そうすると7時間ほどかかることもある。
そんなにかけるのは非効率に思えるかもしれないが行けるところまで一気に行って休むより途中でちょこちょこ休んでいたほうがトータルの時間が短いという経験によりそうしている。

体力がある内に休憩を取ると短い休憩であっても消費した体力の90%程度は回復することができるが,体力を少なくしすぎてしまったり完全に0にしてしまった場合,休憩程度では体力は回復せず寝るしか回復方法はない。
行けるところまで走ってしまうとそれを回復するにはより長時間止まるしかなく,その後も体力が回復しきらないためにペースが落ちてしまう。
それを回避するには自分が「余裕余裕」と口笛を吹けているうちに休憩をすることだ。

昨日はすでに体力が残り少ないのに走りすぎたために最後はバテて走れなくなった。
より長距離を走るのであれば体力をつけるほかないと思う。
そしてこの3日間はキャンプとホテル泊と比較的寝てはいるがいつもよりかは体力が回復しきらない環境であったことを知っていたにもかかわらず強行したことが敗因であると思う。

すでに1000文字近いがここからが一番私の書きたいことで体力は精神力と同義であると考えている。
私に限ったことであるかもしれないが眠くなればなるほど回りに注意を払えず,自分の意識を維持することにすべてのリソースを使うこととなる。
こうなると自分はより攻撃的になり,いわば常に不機嫌的とっていい状況となる。
バイク限らず体力がないときに不機嫌になると回りに良い影響を与えないし,自分自身がなにより楽しくない。せっかく趣味を満喫しているときにこの状況は歓迎できない。
いつもなら我慢できるどころか気にもしないようなことを気にしてしまうのは人格や性格より精神力であり,精神力の基幹が体力の残りが少ないからである。

体力をつけたり,体力を使わない技術を得なければならないと思った3日間となった。

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