感度と表現

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日記を書くことができない。

日記も同等のことを昨日から初めておいてだが日記を書くことができない。
正確には日記に何を書いたらよいかわからないというべきか。

私の想像する日記というものは今日何があっただとか,こういうことを思ったとかそういったことを書き連ねて行くものだと思うが,さて何かを書こうとすると「あれ,今日って何があったっけ?」と書くことが思いつかない。

日常への関心が薄いというか,感度が低いというか,あまり毎日を意識して生きていないのだろう。

忘れてしまうのではなく,覚えようとしていないというのが正確だ。

外に対する感度が低い,関心がない。だとすれば関心があるのはなんだろうかと思うと昨日書いたことを思い返すと自分の内面への関心が9割近くなのだろう。

さしたることを考えてもいないのに外に対しての感度が低く,毎日を零し落としているのはもったいないことだと思う。今現在この文章だって自分の内面についてのことで,そのことについては随分と饒舌に書くことができる。自分でも驚くべき気づきである。
端から見たら何をいまさらと言われてしまうかもしれないが。

さてだとすれば外に目を向け,己の内心はしばらくどこかに放っておくのがひとまず良さそうではある。おそらくこの行為は苦行的であろうがまあせっかくこうやって何かを書こうという気が起きているのだからそれも悪くないだろう。


早速だが今日はどうだったのだろう。

残念ながら特に変わりの無い一日であったと思う。
朝起き,会社に行き,仕事をし,適当にフラフラ帰ってきていつもどおり動画をPCで見るといった特に代わり映えのないことだ。

ウンウンと唸って一日を思い出すと今朝の出勤途中に見る白黒の猫を見なかった気がする。
いつも昼食を買うコンビニは人がいつもより少なかった気がする。
昨日より少し湿度が高く,ベタついたようなまとわりつく空気だった気がする。
会社の同僚とはあまり言葉をかわさなかったような気がする。
今日アマゾンで流れてくる知らない曲でよい曲を見つけた。

日記に書くことなんて気負わずそんなことで良いのかもしれない。
そして毎日に気づくことはそんな些細なことで良いのかもしれない。

少しでも日常の解像度が上がるだけでなんとなく昨日の連続した自分ではなく,少し違う自分へと変化していくのだろう。

明日も何かを見つけられると,よい。

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