何かの前日

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「何かの前日」


受け売りだが私達は「何かの前日」に生きている。

「明日もしかしたら人生を変える出来事があるかもしれない。とんでもない天才に出会えるかもしれない。大きな幸運が舞い込んでくるかもしれない。そんな何かが起こる前日にいるの」

https://www.pixiv.net/artworks/80891693

この言葉に出会ったのは艦これの同人誌のなかである。とてもよい話なので読んでほしい。

さて,この言葉の通りに私達は「何かの前日」に生きている。
買い物で少し得するかもしれないし,転んで膝を擦りむくかもしれない。
宝くじで100万円が当たるかもしれないし,交通事故にあって入院するかもしれない。
人生のパートナーと出会うかもしれないし,人生の幕が唐突に降りるかもしれない。

この言葉を目にしてからなるべくこのことを忘れないようにしている。
「何かの前日」だから明日に希望を持って生きることをするわけでも,明日の不運に怯えるわけでもない。
「何かの前日」であることは誰しも予測し得ない。逆立ちしたって明日のことはわからない。

結局の所,「今」しか自分の手元にないと思う。
これは「嫌われる勇気」等で有名な心理学者アドラーも書いていることだが「今」というものだけが,「今の自身の行動」それだけが唯一自分にコントロールできることである。
ただその「今の自身の行動」がどうなるかは自分自身にはわからないということだけだ。
唯一言えることは自分自身が「今」を判断したときは自分が良いと思ったことをしているということだけだ。

島風ちゃんにとって「今日」がその日だったんだと思う。きっと「神さま」がそう「決めた」んだよ。

https://www.pixiv.net/artworks/80891693

私はバイク乗りであり,死というものは比較的普通の人より近いのではないかと思っている。
この言葉の通り,「私はバイクを十全に楽しめるだけ,ここで死んでもいいと思えるくらい楽しめた?」「バイクだけでなくて自分のしたいことをすることができた」と別に危ない状況に陥ったわけではないが考えることがある。
残念だが私にとって満足のある生き方はこの方できていない。だからこそこの言葉が大きな支えになると思う。
誰しもが「何かの前日」にいるわけだがその「前日」を当てにすることなく行動すること,それが最も大きな意味があると信じたい。
神様がいるにせよ,いないにせよ,今に全力を傾けられるだけのことをしたいと思う。

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